「何でも鑑定団」 アンダーソン土器を仰韶土器とは言わな

下の写真とよく似た土器が「何でも鑑定団」に出品された。.
中島誠之助氏はこの土器をアンダーソン土器だと言っていた.。
そこまでは正しいがこの土器を仰韶(ぎょうしょう)土器ともいうと言っていた。
しかしこのような土器を仰韶(ぎょうしょう)土器とは言わないのである。
何でも鑑定団は何でも鑑定出来ると考えている人がいるかもしれないが、
何でもと言っても考古学的な鑑定にまで踏み込んで鑑定するのは
無理なのではなかろうか。


09年02月17日放映の「何でも鑑定団」で確かに間違った鑑定をしていた。
そのことは下の動画で確認できたが、何故か今は見えなくなってしまった。



アンダーソン土器は中国の土器であるが、中国の考古学の本を
調べてみてもこの土器が仰韶(ぎょうしょう)土器だなんてどこにも書いてない。


しかし中島誠之助氏は、何故上のような土器を「仰韶(ぎょうしょう)土器」とも
言うと言ったのか。
おそらくアンダーソン博士の初期の間違った説を
参考にしたのかもしれない。

アンダーソン博士は、最初に河南省の仰韶村で仰韶土器を発見した。
その後、甘粛省青海省に調査に出かけ、ここで所謂
アンダーソン土器を多数発見した。そして甘粛省青海省出土の
アンダーソン土器には仰韶土器と同じ時代で同じタイプの
土器があるという説を、アンダーソン博士が言ったことがある。
しかし後になってアンダーソン博士のこの説は否定された。
 

中島誠之助氏がこの土器は土器を仰韶(ぎょうしょう)土器とも言うと
言ったのは、もしかしたらアンダーソン博士の古い説を参考にしたのかも
しれない。しかし何故古くて間違った説をひっぱり出してきたのだろうか。
私がアンダーソン博士の古い説を見つけ出すのも結構大変だったのだけれど。

とにかくアンダ―ソン土器の中に仰韶土器と言われるものはないのである。
中島誠之助氏の鑑定は間違である。

そもそも「何でも鑑定団」や日本の骨董屋はアンダーソン土器の範囲を
知っているのだろうか。どこからどこまでがアンダーソン土器であるかが
解るのだろうか。こっちはアンダーソン土器で、あっちは
アンダーソン土器ではないと鑑定出来るのだろうか。恐らく出来ないと思う。

何故なら「何でも鑑定団」や日本の骨董屋はアンダーソン博士が
発見した「文化」について知っていないからである。

アンダーソン土器であるかどうかを鑑定するには、目の前にある土器が、
どの「文化」に属するものなのかを鑑定した上で、その「文化」は
アンダーソン博士が発見した「文化」であるかどうかを
知っていなければならない。

中国の骨董屋はこの土器は○○文化の土器であると言って
商売をするが。日本の骨董屋や「何でも鑑定団」が
この土器は○○文化の土器であると鑑定したのを聞いたことがない。
多分中国の土器が属する「文化」についの知識はないのだろう。

アンダーソン博士は下のような文化を発見したのである。
すなわち下の文化に属する土器がアンダーソン土器である。

馬家窯文化・馬家窯タイプ
馬家窯文化・半山タイプ
馬家窯文化・馬廠タイプ
斉家文化
卡約文化
辛店文化
寺窪文化
沙井文化


なおアンダーソン博士が発見した文化やアンダーソン土器の定義については
アンダ―ソン土器とはにも書いてある。

下の図は中国の考古学の本やアンダーソン博士の書いた本を参考にして
私が作図したものである。赤っぽい色の文化がアンダーソン博士が発見した文化である
この図を見るとアンダーソン博士は、馬家窯文化の馬家窯タイプと
半山タイプを、仰韶期としていたことがわかる。これは間違いであるが。















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